誰しも一度は目にされたことがある、ルネサンス期の名画「ヴィーナスの誕生」に描かれている貝、思い浮かべてみてください――その仲間が今回のテーマです。大きく美しい殻を持ち、身は甘く、お刺身、バターソテー、お酒のつまみなど、美味しさも抜群。そう、ホタテ(帆立)です。
ホタテの水揚げは2018年(速報値)で48万トンと日本の水揚げで第3位で、そのシェアは11%を占めています。第1位がサバ類の54万トン、第2位がマイワシの52万トンですので、大きな数量であることがわかります。また、水揚げの大半を占める北海道産は、2013年に「MSC認証」と呼ばれる水産エコラベルの認証を受けています。
ホタテは暑さに弱く、海水温が20℃以下の冷水域を好みます。北海道、青森県、岩手県、宮城県で日本の生産量の99%以上が生産されています。驚くことに、生まれてからしばらくはすべてがオスなのですが、1~2年後に約半数が性転換をしてメスになります。一般的にホタテは雌雄同体なのですが、日本のホタテは雌雄異体です。
(上が左殻(=表)下が右殻(=裏))
殻は「上と下」ではなく、「右と左」に分けられます。上記の写真では、上が左殻(=表)、下が右殻(=裏)です。中央にある貝柱は、殻を開閉する力強い筋肉(閉殻筋)。ホタテは天敵のヒトデやタコに襲われると、素早く殻を開閉して吸い込んだ水をジェット噴射し、ビュンと飛ぶように泳いで逃げます。素早くパクパクと逃げる姿を、一度見てみたいですね。
実はこのホタテには、目がたくさんあることをご存知ですか? 先ほどの写真をよく見てみましょう。そうです、一番外側の膜(外套膜(がいとうまく)、いわゆる「ヒモ」)にある、約80個の黒い点がすべて目なのです。ただし、色は判別できず、明暗を感知していると考えられています。
(ホタテの刺身)
江戸時代、幕府はホタテを主要な輸出品としており、漁獲を制限していました。一般向けに解禁されたのは明治に入ってからですが、乱獲のために天然ホタテは減少、稚貝を放流する養殖を行ったものの、あっという間に天敵のタコやヒトデに食べられてしまいました。
そこで、まずラーバと呼ばれる、海中を漂うホタテの幼生をネット(採苗器)に付着させ、天敵に襲われにくいよう殻長が3センチ以上になるまで育てます。それから天敵を駆除した海底にまき、3~4年ほどかけてじっくりと育てる。これが主に北海道で行われている「地蒔き方式」です。天然の生育環境に近く運動量が豊富なため、貝柱が太く弾力のある点が地蒔きで養殖されたホタテの特徴です。主に貝柱製品となって、刺身や貝柱の干物として出回ります。
一方で青森や北海道の噴火湾では、ある程度生育させた稚貝をかごに入れて育てる「垂下(すいか)方式」や、耳と呼ばれる蝶番(ちょうつがい)側に穴を開けて吊る「耳吊り方式」が主に普及しました。この方法で育てたホタテは、砂をかまず身も柔らかいため、ワタ付きのボイルものや刺身用の貝柱として流通しています。
(養殖のホタテ)
養殖に成功したおかげで多く出回るようになり、今では産地以外でも食べられるようになりました。我が国のホタテ自給率はほぼ100%(2016年)です。またホタテは海外でも大変人気があり、輸出品目の堂々1位(15.7%:2018年)を誇る、重要な輸出水産物でもあります。
(ホタテの貝殻)
ところがホタテの大量消費と引き換えに、殻の廃棄が問題となりました。年間20万トン以上も廃棄され、津軽半島にはホタテ殻の山ができるほどでしたが、環境問題に取り組む企業が徐々に増え、チョークやラインマーカー、肥料、凍結防止剤、建築資材や飼料、焼成カルシウムとして食品添加物など、今では様々な分野で活用されています。
天敵に捕食され、なかなか安定して獲れなかったホタテですが、先人たちの努力と創意工夫により、今では世界へ輸出できるまで養殖されるようになりました。雌雄異体で80個の目。今まで深くホタテを観察したことなどなかったかもしれませんが、今度ホタテを見かけた時は、じっくり観察してみてはいかがでしょうか。