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今回はumito.運営メンバーの推し魚「クエ」について体験談を交えながらご紹介します。
(クエ)
クエとの出会いは、30年ほど前のことです。当時、東京に住んでいた私は、長崎県五島列島にある水産物の養殖研究施設に半年ほど泊まり込み、朝から晩まで島の海辺で過ごしていました。
施設の沖合にある筏(いかだ)の網の中で研究用の魚が飼育されていました。その筏の周りには、餌のおこぼれを狙ってモジャコ(ブリ類の稚魚)やアジが多く泳ぎ回っていました。彼らは給餌の際には餌を運んでいる人の影について泳ぐほど人に慣れており、私も時々その中から型の良いアジだけを釣り上げて夕食のおかずにしていました。
そんなある日、筏の網の状態を点検するために素潜りを繰り返していると、私の周囲をアジやモジャコがぐるぐると泳ぎ大騒ぎする中、網の底でじっとしている大きな魚がいました。時折、私に目を合わせてきて、なんだかふてぶてしい感じでした。施設の方にその魚の正体を尋ねたところ、それが「クエ」だったのです。
クエはスズキ目ハタ科に属する海水魚で、九州地方では「アラ」とも呼ばれます。大きいものでは、体長1m、体重50kgを超えることもあります。おもに西日本から東シナ海、南シナ海にかけての沿岸域に分布し、とくに水深50mくらいまでの岩礁やサンゴ礁を好むようです。昼間は決まった岩穴に隠れ、夜になると穴を出て、エサとなる魚類、甲殻類、イカなどを捕食します。
クエは性転換をする魚として知られています。すべてのクエはメスとして生まれ、成長すると一部がオスに変わります。この性質を、雌性先熟(しせいせんじゅく)といいます。 クエは1匹のオスが複数のメスと群れをつくります。そのオスが何らかの理由でいなくなると、群れの中で一番大きなメスがオスに性転換をして、群れを引き継ぎます。 この性転換は、繁殖効率を高めるための進化的な適応と考えられています。
その巨体から生まれる強烈な引きと、味の良さから多くの釣り人が憧れるクエ。
「磯釣りターゲットの最高峰」や「最高難度の釣りもの」とも評されているそうです。
当時は、釣り名人の農家の方々が「農休日」にボートに乗って釣りを楽しんでいる姿を島で頻繁に見かけました。お目当てはクエだったようですが、それはめったに釣れず、釣果はマダイやレンコダイが多かった気がします。「賢い魚でなかなか釣れない」となぜか楽しそうに名人が言っていたのを覚えています。
クエはそのおいしさから「クエを食べたらほかの魚はクエん」と言われるほどです。特に旬である冬に食べるクエは、肉質が非常に柔らかく、脂が乗っています。刺身、鍋料理、焼き物など、さまざまな料理法で楽しめますが、特に鍋料理は、クエの旨味が引き立ち、多くの人々に愛されています。
さて、30年ほど前に話を戻します。クエの旬である冬に、施設に来客があり酒宴が催されました。刺身や鍋料理など豪華な料理が並び、私は近くにあるマダイの刺身や鍋料理をつついていましたが、他の人たちはわざわざ席を立ち、最も遠い鍋料理を取りに行きます。当然、私は皆の動きが気になり、「なぜあの鍋ばかり食べるのか」と周囲の人に尋ねると、「クエだから」との返事。私も早速一杯食べてみると、これまでに出会ったことのないおいしさに衝撃を受けたのです。肉類にも劣らない、魚とは思えない力強い旨みやコクがあり、それが鍋全体に広がっていました。〆に食べた「雑炊」も絶品であったことは言うまでもありません。
(クエ鍋)
クエの漁獲量について、全国での正確な数値は把握されていません。全国有数の産地とされる長崎県では、2020年以降、毎年200トン台前半との報告がありますが、全国規模の漁業統計資料は存在しません。ちなみに、同じく漁獲量が少ないといわれる高級魚であるキンキ(キチジ)やアマダイ類は全国の漁獲統計が存在し、これらの魚の2022年の年間漁獲量は1,000トンを超えています。これらの情報から、クエの漁獲量は少ないと考えられます。そのため、少ない漁獲量を補うために養殖も進められています。
人工種苗をつくる技術はほぼ確立されていますが、種苗から出荷サイズに育つまでに 4年はかかるようで、養殖の普及や拡大を進める上で、この期間の長さが大きな障壁になっています。一方、クエと世界最大級のハタとして知られるタマカイを人工的にかけ合わせて誕生させた、クエよりも成長が早い交雑魚の養殖も試みられています。
いまだにそのおいしさが忘れられない私にとって、クエを気軽に楽しめるようになればこれほどうれしいことはありません。食べたことがない方は、ぜひ一度ご賞味ください。そのおいしさに驚くこと請け合いです。
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