海老の王様イセエビ 知られざる生態に迫る!

武将の甲冑を思わせる豪快な姿に、気高さすら感じる鮮やかな赤――慶事の席に欠かせない高級食材・イセエビは、刺身よし・焼き物よし、どのような料理でもおいしさを堪能できる王道の食材です。

国内の海で獲れる海老の中では最も大きくなり、濃厚な甘みと口の中で弾むプリプリとした食感が唯一無二の味わいを生み出すイセエビですが、その生態は意外と知られていません。

海老の王者イセエビの驚きの世界をみていきましょう。

イセエビの名前は産地に由来?

イセエビの名前は、「伊勢湾でたくさん獲れることからイセエビと呼ばれる」という産地由来説がよく知られています。 そのほかに、江戸時代中期の書物『日本山海名産図会』には、京へは伊勢から届くので伊勢海老と呼ばれ、江戸へは鎌倉から届くので鎌倉海老と呼ばれたとの記述もあり、浅い海の岩場(磯)に生息している海老(=いそえび)が転じてイセエビになった説や、鎧(よろい)をまとったような外見から「威勢のいい海老」と呼ばれたという説もあります。

(イセエビ)

イセエビは伊勢湾に限らず、茨城県以南の太平洋沿岸に広く生息しています。2018年の漁獲量は1位:三重県、2位:千葉県、3位:和歌山県、旬は冬です。荒い黒潮にもまれ、貝やウニなどのおいしい餌を食べて育ちます。

エビを表す漢字はいくつかありますが、一般にイセエビのように大型で歩き回るタイプを「海老」、クルマエビのように小型で泳ぎ回るタイプを「蝦」と、生態によって使い分けられているようです。
「海老」は髭が長く尾が曲がった姿から、海にすむ老人に見立てて日本で作られた言葉。「蝦」は中国由来の漢字、「蛯」は「海老」と同じ意味の国字(日本で作られた漢字)です。 英語にも同じような使い分けがあり、大きいものから順にLobster → Prawn → Shrimp と呼ばれます。

謎が多いイセエビの生態

イセエビは5月から8月の産卵期に、鮮やかなオレンジ色の卵を約50万個も産みます。受精前の卵は、頭の下あたりにたっぷりと詰まっています。これが「内子」と呼ばれる珍味です。限られた時期、しかもメスしか持たないためなかなか出会うことができません。受精後はメスがお腹に卵を抱えて、ふ化するまでの1カ月を大切に守り続けます。

イセエビが卵からふ化した姿を見たことはありますか? 透明で平たいからだに長い脚、目が突き出たその姿はまるでクモのよう。フィロソーマ幼生というプランクトンとして、1年近く太平洋で浮遊生活を送ります。

(フィロソーマ幼生)

およそ30回の脱皮を繰り返し、体長3センチ(脚を除く)ほどに成長すると、エビらしい姿のプエルルス幼生へ変態します。

プエルルス幼生は、その美しい透明な姿からガラスエビとも呼ばれます。海藻の豊かな沿岸エリアの藻場へ戻ったプエルルス幼生は色づき始め、脱皮をして約2週間後に稚エビになります。体長2センチとまだまだ小さく、さらに脱皮を繰り返しながら、約3年かけて体長20センチの親エビへと成長するのです。

(イセエビの一生)

イセエビが高級品である理由の一つに、すべて天然ものである点があります。人工飼育の研究は100年以上も前にスタートしましたが、約1年にわたるフィロソーマ幼生の飼育は、①細菌に感染しやすい、②長い脚が絡まって折れやすい、③適したエサがムラサキイガイの生殖巣の1種類のみしかわからなかった、という理由から困難を極めました。

安定して育てる環境条件や、より栄養価の高い餌の探索など、地道な研究が実を結んだのは1988年。ようやくフィロソーマから稚エビの完全飼育に成功し、近年では数百尾の稚エビを安定的に育てられるまでになりました。「養殖イセエビ」の誕生にはさらなる技術開発が必要ですが、歩みは着実に進んでいます。

イセエビのユニークな特徴

(イセエビの発音器)

イセエビは触覚の根元に発音器を持ち、こすり合わせることで「ギーギー」と音を出して鳴きます。タコなどの天敵を威嚇するときに鳴き、体の大きさに比例して音も大きくなります。最近の研究によると、大型のイセエビが発する音は3km先にも届く可能性があるそうです。

また、イセエビは集団行動をとることが知られています。数個体で一緒に生活し、繁殖期に産卵場所へ移動するときも、きちんと一列に並んで集団で移動します。この行動は節足動物の先祖、三葉虫でも行われていたと考えられている、太古からの行動です。イセエビの隊列、ぜひ出会ってみたいですね。

お祝いの席には欠かせない縁起物のイセエビ。20センチ超の豪快な姿への成長が、クモのようなわずか数ミリのプランクトンから始まるなんて、とても不思議ですね。生態には謎が多く、人工飼育の成功までに100年以上の年月が必要でした。いつか完全養殖に成功して、手の届く価格で気軽に食べられる日が来るのかもしれませんね。技術の進歩をワクワクしながら待ちませんか。