トビウオ、銀ビレで大海原を翔ける魚

澄みきった空を映す青い海を風が渡るとき、水面を滑空する銀色の魚体。
今回の主役はそう、トビウオです。

漢字で「飛魚」、英語では「flying fish」とよばれるトビウオは名前の通り、水上を滑空します。
一体どのような仕組みで飛ぶのか、また、美味しいトビウオの食べ方などをお伝えします。

 

トビウオはどんな魚?

(トビウオ)

トビウオはダツ目トビウオ科に属する魚の総称です。同じダツ目に属するおなじみの魚には、サヨリやサンマなどがいます。全世界では50~60種ほどのトビウオの生息が確認されていて、日本の近海には30種ほどのトビウオ科の魚が生息しています。大きさは、小型の種で20センチメートル、大型の種では35センチメートルにもなります。
海上を飛ぶことから小さな魚と思われがちですので、イメージと違うかもしれませんね。

トビウオは世界中の熱帯から温帯に広く分布している回遊魚で、日本へは産卵のために黒潮に乗って南の海からやってきます。漁獲が始まる時期により「春告魚」や「夏告魚」として、各地方で季節の訪れを告げる魚とされてきました。

産卵は春から夏にかけておこなわれ、卵は纏絡子(てんらくし)という細長い糸で流れ藻などに絡まります。

トビウオはどうやって飛んでいるの? なぜ飛んでいるの?

トビウオは尾ビレを海面で激しく左右に振って助走をつけ、胸ビレを開いて空中に飛び出したあと、腹ビレを開いて空中を滑空します。
鳥や昆虫のように羽ばたいて自ら推進力をつくることはしませんが、胸ビレや腹ビレで風をうまく受けながら、グライダーのように浮遊します。風やヒレ使って、向きを変えたりすることもできます。

空を飛ぶ生き物は皆、体を軽くする工夫をしています。トビウオの場合は、骨を空洞化したり、腸を短くしたりという進化により、空を飛べるようになったと考えられています。

(出典:電気材料技術雑誌 vol.24 No.1 トビウオの飛翔に関する基礎研究Ⅰ)

このようにして滑空できる距離は300メートル以上、滞空時間は40秒を越え、高さは水面から数メートルといわれています。
滑空速度は時速約60キロ。ちなみに滑空距離500メートル、水面からの高さ7メートル、滞空時間42秒がギネス世界記録に載っているトビウオの滑空記録です。

トビウオが飛ぶ理由は、マグロやシイラなど天敵に襲われたときに逃げるためだと思われますが、その他のときでも飛ぶことがあり、なぜ飛ぶのかは正確にはわかっていません。

トビウオとアゴは同じ魚? 出汁ブームで意外なことが!

(焼きアゴ)

アゴとは、山陰地方や九州でのトビウオの地方名です。島根県は漁獲量が多く、「あご野焼き」とよばれる、竹輪によく似たすり身加工品が特産であることなどから、トビウオは県の魚に指定されています。また、長崎では「焼きあご」とよぶトビウオの出汁を、お正月のお雑煮に使います。トビウオをアゴとよぶ地方には、地元で親しまれ独自の食文化を持つところが多いようです。

トビウオの学名は、鎖国時代に日本を訪れたドイツの医師で博物学者のシーボルトが長崎から持ち帰った標本を基に命名されました。学名は彼がメモした地方名のアゴが由来となっていて、「Cypselurus agoo agoo(キプセルルス アゴ アゴ)」といいます。

ブームにもなった“あご出汁”は、トビウオの出汁です。ブームのときにはトビウオの価格が急騰したことも。このあご出汁、トビウオを焼いたあとに干して作ります。脂質の少ないトビウオからとれる出汁には品のあるうま味があります。スーパーなどで見かけるイワシなどの煮干しは、煮て干して作られますが、あごだしは焼いて干しているのでうま味成分が逃げていないため、よりコクがある出汁となるのです。

出汁のうまさだけではありません! 身も卵も―トビウオの美味しさ

(トビウオの卵・トビコ)

出汁としての美味しさはもちろんですが、トビウオは空中を飛ぶために腸が短いという特徴があります。そのため鮮度が比較的落ちにくい魚といわれています。

旬の時期は生息域や魚種などによって違いますが、おおむね初夏~初秋の夏が旬とされます。旬の獲れたては、お刺身も人気。塩焼きやつみれ汁、脂肪分を補うつけ揚げ(さつま揚げ)やフライ、骨まで食べられる唐揚げもおすすめです。

ご存知の通り、トビウオの卵は「トビコ」といいます。1粒1ミリメートルほどの黄金色をした卵は、プチプチとして数の子に似た楽しい食感。ちらし寿司や軍艦巻きのネタ、パスタのトッピングとしておなじみですね。

(トビウオのぼり)

今まさに旬をむかえたトビウオ。
沖縄県島尻郡八重瀬町では町の魚になっています。当地で「トゥブー」とよばれるトビウオは、鯉のぼりならぬ「トビウオのぼり」として活躍しているそうで、やはりここでも空にちなんでいます。
気軽に出歩くことが難しいこの頃、海を飛び出して空を飛ぶトビウオの銀色の魚体がますますまぶしく見えてきます。

飛ぶ姿が美しく、身も出汁も卵も美味しいトビウオ。
これからも私たちの生活に身近にい続けてほしいですね。