この連載を楽しみにされている方は、魚介類が好きな方が多いかもしれません。
さて、今回のテーマは「ホヤ」です。
最近でこそ、産地以外でも目にする機会が増えたホヤですが、実は少し前までは、あまり流通していませんでした。その理由を、ホヤの不思議な生態とともにお伝えします。
あなたは加工前のホヤを見たことはありますか?
食用になるホヤの姿は卵型で、オレンジ色の外皮に包まれています。表面は先端にトゲのある突起に覆われており、その見た目から、「海のパイナップル」とも呼ばれています。とても食べものとは思えないような不思議な姿ですが、ホヤは一体、何の仲間でしょうか。
実はホヤは脊索動物(せきさくどうぶつ)というグループの、原索動物に分類される生き物です。
(ホヤの幼生:赤矢印のオタマジャクシのように見えるもの)
ふ化したてのホヤの幼生は、オタマジャクシのような形をしており、すぐに住みよい場所を探して海中を浮遊し始めます。ふ化後半日~1日ほどたつと、岩場などに着生して固着生活に入ります。脊索動物は、神経や体の軸を支える器官を持った仲間のことですが、ホヤは着生生活に入ると同時に、脊索(背骨のもと)が体に吸収されて消失し、パイナップルのような成体の形に変化します。これほどダイナミックに変態する海中動物はとても希少です。
ちなみに「殻」と呼ばれている部分は、セルロース系多糖類のツニシンという物質でできた被嚢(ひのう)という丈夫な袋。ホヤ類の学名Ascidiaceaは、「酒を入れる革袋」を意味するギリシア語askosに由来したといわれています。
(女川の海中風景)
世界では約2,300種のホヤが確認されています。しかし、食用になるのは真ボヤと赤ホヤのおもに2種類のみ。日本国内では、生産量の8割近くを宮城県が占めています。牡鹿半島以北の鮫浦(さめのうら)湾から気仙沼湾にかけて、天然種苗(海から採集した天然の幼生)による養殖が行われています。このエリアは複雑に入り組んだリアス式海岸の地形と、山から流れてくる豊富な養分で、プランクトンが多く生息しています。そのおかげで養殖には最適な場所なのです。
ホヤは約3年という長い時間をかけて養殖されます。収穫は3月頃に始まり、5~8月に最盛期を迎える夏の味覚といえます。
ホヤは5つの味覚(甘み、塩み、酸み、苦み、うまみ)を兼ねそなえた、唯一無二の食材といわれています。しかし以前は産地以外ではあまり見かけないことや、その独特の見た目からか、あまりメジャーな食材とはいえませんでした。また、独特のにおいも敬遠されていた理由の一つでしょう。
ところがホヤは実際はほとんど無臭です。ただ鮮度が落ちるのがとても早いため、時間が経つと無臭だった成分が、においの強い成分に変わってしまうことからそのようなイメージがついてしまったようです。
しかし最近では、国内での新たな販路や、消費者開拓のために鮮度を保つための研究や新しい調理法の開拓、ホヤレシピコンテストなど、様々な取り組みが行われています。
以前は産地以外ではあまり見かけなかったホヤですが、鮮度が良いものは甘みがあり、「口の中に海が広がる」と形容されるほどの爽やかな味わいです。お酒との相性も良く、珍味としても重宝されるようになりました。スペイン料理のアヒージョなどに、ホヤを使った新しいメニューも増えてきています。
以前は海の近くでした食べられなかったホヤ。今では鮮度を保つ研究が進み、国内での流通が広がっています。もし見かけることがあれば、ぜひ一度ご賞味あれ。