寒い冬には、温かい鍋を食べたくなるものです。日本では、全国各地でその土地の気候や海の恵みを色濃く反映した郷土鍋が存在し、魚を主役にした鍋も数多く見られます。
本記事では、日本各地の魚が主役の個性豊かな郷土鍋を5つご紹介します。この記事を通じて、日本の豊かな魚食文化や、それぞれの魚種の生態への理解を深めていきましょう。
(日本全国の魚が主役の郷土鍋)
石狩鍋は、北海道の石狩川流域で生まれた郷土鍋です。主役はサケ(Oncorhynchus keta/シロザケ)で、味噌仕立てのスープにぶつ切りのサケの身とアラをたっぷりの野菜と煮込みます。仕上げに山椒を振りかけるのが特徴で、味噌のコクとサケの旨味が溶け合った深い味わいが楽しめます。
(石狩鍋)
サケは母川回帰する回遊魚として知られ、生まれた川に戻って産卵する習性があります。北海道の川で生まれたサケは、オホーツク海から北太平洋を経て、ベーリング海やアラスカ湾まで回遊し、3〜4年かけて約3万キロメートルもの旅をして、再び北海道に戻ってきます。毎年、秋(9月〜11月)には、産卵のために川を遡上する「秋鮭」から獲れるイクラが親しまれています。
サケ、川と海を旅するダイナミックな一生
青森県の郷土鍋「じゃっぱ汁」は、マダラ(Gadus macrocephalus)のアラを余すところなく使った豪快な鍋料理です。「じゃっぱ」とは津軽弁で「雑把(ざっぱ)」、つまりアラを意味します。頭・骨・内臓・白子といった部位までも余すところなく使い、海の恵みを無駄にしない漁師の知恵が詰まった一品です。
(じゃっぱ汁)
マダラは、冷たく深い海の底で暮らす魚です。日本周辺では、山陰地方以北の日本海や、茨城県以北の太平洋の水深150〜400m程度の海底付近に広く生息し、底層を泳ぎながら小魚や甲殻類などの餌を探します。産卵期は冬(1月〜3月)で、オスからは白子(精巣)が、メスからは真子(卵巣)が獲れ、それぞれ独特の食感と味わいがあります。特に白子は冬の味覚として珍重され、この時期のオスに高い価値がつきます。
マダラ(真鱈)、オスのほうが価値ある魚
マダラを使った鍋料理は青森県以外にも存在します。北海道では「三平汁」、山形県庄内地方では「どんがら汁」と呼ばれ、地域ごとに呼び名や味付けが異なります。このように同じ魚でありながら地域ごとに独自の楽しみ方に発展していることからも日本の魚食文化の豊かさがわかります。
秋田県の代表的な郷土鍋「しょっつる鍋」は、ハタハタ(Arctoscopus japonicus)と「しょっつる」を使った鍋料理です。しょっつるとは、ハタハタを塩漬けにして発酵させた調味料です。「魚醤」ともいわれ、同じように魚を使った発酵調味料の仲間に東南アジアのナンプラーやニョクマムがあります。しょっつる鍋は、この魚醤をスープに使うことで生まれる深いコクと旨味が特徴です。ハタハタの身とその魚卵である「ブリコ」も使う、ハタハタを余すところなく楽しめる鍋料理です。
(しょっつるで味付けしたハタハタ鍋)
ハタハタは秋田県の県魚です。冬(11月〜12月)に産卵のため沿岸域に来遊する習性があり、この時期は日本海側では雷が多いことから「カミナリウオ」とも呼ばれ、漢字では「鰰」や「鱩」と表記されます。
魚醤、魚のうまみが凝縮した魅惑の醤油
茨城県をはじめとする関東沿岸部で親しまれる「あんこう鍋」は、アンコウ(特にキアンコウ Lophius litulon)を丸ごと使った贅沢な鍋料理です。アンコウは「七つ道具」と呼ばれる7つの部位(身、皮、肝、胃、卵巣、エラ、ヒレ)すべてが食用であり、それぞれ異なる食感と味わいが楽しめます。特に寒い冬(11月~3月)には「海のフォアグラ」と称される肝(あん肝)が大きく育ち、濃厚でクリーミーな味わいが人気です。
(アンコウの七つ道具を使った鍋)
アンコウは深海性の魚で、海底の砂に身を潜めて過ごします。口の上にあるトゲの先端をひらひらと動かし、疑似餌(ルアー)として小魚をおびき寄せて捕食する独特の習性から、英語では「Angler fish(釣りをする魚)」と呼ばれています。アンコウはぬめりが強く身が柔らかいため、まな板の上ではさばけません。そのため、太い鉤で吊るして回転させながらさばく「吊るし切り」や、青森県風間浦村に伝わる雪の上でさばく「雪中切り」など、独特の処理方法が生み出されてきました。
あんこうは江戸時代からの冬の珍味、しかも捨てるところがない魚?
山口県下関市と福岡県を中心に親しまれる「ふぐちり」は、トラフグ(Takifugu rubripes)を使った高級鍋料理の代表格です。下関地域では、縁起を担いで、ふぐのことを福にちなんで“ふく”と呼びます。また、「てっぽう」(当たると死ぬ)という俗称から「てっちり」とも呼ばれるようになりました。フグの身を野菜などと一緒に昆布だしで煮て、紅葉おろしとポン酢で味わいます。
(ふぐちり(ふくちり・てっちり))
トラフグは水深の浅い砂泥底や岩礁に生息し、外敵に対して体を膨らませて威嚇します。旬は冬(10月〜3月)で、淡白な味わいの身が特徴の高級魚です。
フグといえばテトロドトキシンという猛毒を持つことが知られていますが、これはフグが毒素を持つ餌を食べた際など、主に食物連鎖によって体内で濃縮されたもので、フグ自身が作り出したものではありません。トラフグの場合、肝臓や卵巣に高濃度の毒が含まれますが、筋肉(身)と皮、白子(精巣)には毒は無く、食べることができます。
フグの種類によって毒が蓄積される部位は異なり、安全にふぐ料理を提供するためには、調理方法に関する正しい知識と技術を証明するふぐ調理師免許が必要です。
冬の味覚・フグの不思議な生態
本記事で紹介した5つの郷土鍋は、豊かな海に囲まれた日本の食文化の結晶といえるでしょう。本記事をきっかけに魚を使った郷土鍋に興味を持たれた方は、ぜひ実際に味わいながら、日本各地の海の恵みと食文化の奥深さを体感してください。