「玉珧」――漢字ではこのように標記する海の生き物をご存知でしょうか。本ウェブマガジンでは初登場の貝。その名も「タイラギ」です。
大きな貝柱と聞くと「ホタテガイ」をイメージされる方は多いと思いますが、「タイラギ」も立派な貝柱をもつ高級貝の一種。「ホタテガイ」に負けない美味しさを備えた貝です。
今回は、あまり馴染みのない「タイラギ」についてご紹介していきます。
タイラギはハボウキガイ科に属する二枚貝で、大きく成長するのが特徴です。成貝は30センチ以上になるものも見られます。貝殻は画像のように三角形になり、色は少し緑がかった黒色です。国内で食用とされる二枚貝の中では大型のものに分類されます。
(タイラギ)
外観が平らな貝であることに由来する「(平貝)タイラガイ」の呼び名が、関東の市場やお寿司屋さんでは一般的なようですが、標準和名は「タイラギ」です。タイラガイと呼ばれていたものが訛って「タイラギ」になったと考えられています。
また、砂底に刺さって、貝殻の半分くらいを砂底の上に出している様子からか、「タチガイ」と呼ばれている地方もあります。
(タイラギの水底での様子)
生息地は本州以南で、東京湾、伊勢湾、三河湾、瀬戸内海、有明海などが主な生産地です。以前は潜水器漁法により漁獲されていましたが、1990年代以降はこれらの生産地での漁獲量が激減してしまい、2012年に準絶滅危惧種に指定されました。
かつての主生産地であった有明海(1960年代に推計漁獲量 30,000トン/年)では漁獲量ゼロの年が続くこともあり、瀬戸内海の漁獲量も低水準で推移しています。 このため不足分は輸入に頼っており、人工種苗を利用した増養殖技術の開発が強く要望されるようになりました。
タイラギの種苗生産研究は1960年代に始まりましたが、1995年までは稚貝を得ることができませんでした。2006年に種苗量産化技術の開発が進み、各地で養殖技術の開発が進められています。
タイラギの繁殖時期は夏場の7~8月です。雌が卵、雄が精子を放出して受精させます。幼生は最初、海中を漂って生活するのですが、やがて親と同じように、海底で生きていくようになります。成長スピードは早く、およそ1年で成熟します。1年で10センチ、2年で20センチまで成長し、6年経てば立派な30センチ前後の貝になります。
(大きな貝柱)
食材としてのタイラギは、貝柱が大きくて美味なことで知られています。ホタテガイと比べ身が引き締まっていて、歯ごたえと濃厚なうま味が魅力です。表面をあぶると歯応えや甘みが増すので、バター焼きや天ぷらなどで食べると抜群。
現在、寿司ネタで「柱」といえばホタテガイの貝柱を使った握りを指しますが、かつて江戸前の寿司で「柱」といえばタイラギの貝柱でした。代表的なうま味物質「グルタミン酸」をホタテガイより多く含んでいるので、美味しくて当然といったところでしょうか。
タイラギは殻体開閉運動(殼を必要に応じ開閉する動き)を続けることで、泥から這い出て泥表面に立ち上がります。そして開閉運動によって再び泥の中に戻ります。このような生態から立派な貝柱を備えるようになったのかもしれません。
(タイラギのグリル料理)
(タイラギの握り寿司)
美味しい旬の時期は冬から春です。12~3月頃が旬とされており、寒い時期が近付くにつれうま味が増します。一方、夏場は産卵期のため味が落ちるといわれています。美味しいタイラギを食べたい方は、冬から春に食べるのがお勧めです。
(出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂))
(東京中央卸売市場 市場統計情報より(冷凍、むき身を除く))
市場への入荷・流通は、年間を通じて行われています。国産のタイラギも流通していますが、前述の通り国内の漁獲量が減ってきているため、最近では輸入ものが増えてきました。市場ではかつて1個1,500円という高額な食材として扱われていましたが、現在は1個400~1,000円ほどで購入できます。
大きな二枚貝「タイラギ」に興味をもっていただけたでしょうか。
国産のタイラギは、まだ手軽に入手するというわけにはいきませんが、資源管理が行き届き養殖技術が確立すれば漁獲量も増え、その美味しい貝柱を気軽に楽しめるようになるかもしれませんね。