暗闇に浮かぶ、神秘的な青い光――富山湾滑川近くの浜では、毎年3月~5月頃になると“ホタルイカの身投げ”と呼ばれる現象がしばしば見られます。普段は沖合の深海にすむホタルイカが、産卵のために浅瀬の海面近くまで上がり、浜に打ち上げられて発光する壮観な光景です。
その世界的にも稀なシーンを見ることのできる富山湾周辺は「ホタルイカ群遊海面」として、国の特別天然記念物に指定されています。
今回はそんな神秘的なホタルイカにスポットを当てていきます。
(生のホタルイカ)
ホタルイカは、水深200メートルから600メートルの深海にすむ、胴長7センチメートル、重さ10グラムほどの小さなイカです。
寿命は約1年です。3~5月頃に産卵し、2週間程度でふ化したのち、日本海を回遊しながら成長をつづけ、翌年1月頃には成体になり再び3~5月頃に産卵して一生を終えると考えられています。
ホタルイカはかつて地元で「マツイカ」と呼ばれていましたが、その名を「ホタルイカ」に変えたのは、東京大学の教授であった渡瀬庄三郎博士です。当時、渡瀬博士はホタルの生息地を調査する中で、富山県にホタルのように光を発するイカが存在することを知り、研究を始めました。そしてこのイカがホタルのように発光をすることから、明治38年に「ホタルイカ」と名付けたのです。ホタルイカの学名は博士の名前にちなみ「Watacenia sintillans(ワタセニア・シンティランス)」と命名されています。
(ホタルイカの発光)
では一体、ホタルイカはなぜ光るのでしょうか?
ホタルイカの発光の仕組みは、発光物質(ルシフェリン)に発光酵素(ルシフェラーゼ)が作用することによって起こります。仕組み的には鑑識捜査の場で使われている血液の存在を強い発光で知らせるルミノール反応と同じ原理です。この光は熱をもたないため「冷光」と呼ばれています。
ホタルイカが光る理由は、いくつか考えられています。
・身を守る:海中で捕食者に襲われた際に発光して驚かせたり攪乱したりして、その間に逃げる
・身を隠す:日中、海中で捕食者に下から見上げられたとき陰にならないように、周囲の明るさに合わせて光り背景に溶け込む
・コミュニケーション:ホタルイカの眼は青、水色、緑の3種の色を識別できるため、同じ仲間同士での信号や合図として発光している
ほかにも理由が考えられますが、そもそもホタルイカに限らず、深海に生息するおよそ8割の生き物が光るといわれているため、深海で暮らすための適応と考えられます。
(ホタルイカの酢味噌和え)
産卵のためにホタルイカが浅瀬に集まりだす3月に漁が解禁されると、6月頃まで市場に出回ります。この期間がホタルイカの旬といえるでしょう。
富山湾のホタルイカは定置網で漁獲し、漁場と漁港が近いために鮮度を保ったまま出荷されます。茹でたホタルイカの酢味噌和えは富山県の郷土料理として全国的にも有名です。
獲れてのホタルイカを醤油などに漬けた沖漬けも有名ですが、寄生虫(旋尾線虫)の危険があるので、生食する場合はワタを除去するか、冷凍して一定時間おいたものを食べるようにするとよいでしょう。
○ 生食用ホタルイカの取扱いについて(厚生省)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb2665&dataType=1&pageNo=1
(水産研究・教育機構 令和3年度魚種別資源評価、富山県水産総合技術センター 令和5年富山湾漁況・海況概報 のデータより作成)
富山湾の宝石とも呼ばれているホタルイカ。意外にも漁獲量日本一は実は富山県ではなく兵庫県が10年連続で漁獲量日本一になっています。
2023年3月は、漁が解禁されてから一か月間の間に富山湾で水揚げされたホタルイカは、わずか65.6トンでした。過去10年間で最も少ない漁獲量です。
水産庁では、持続的な水産資源の利用を目指し、資源評価対象魚種という指標を定めています。平成30年度にはマイワシ、マサバなど50魚種だった対象種は、令和3年では192種にまで拡大され、ホタルイカもこの年から資源調査対象魚種に加わりました。
兵庫県のホタルイカと、富山湾と山陰沖で漁獲されるホタルイカは遺伝学的には同じであることから、同一の群れと考えられています。
兵庫県ではホタルイカの減少がみられないことから、富山県の県水産研究所は、水温や海流の変化が今季の不漁に影響している可能性があるとみて、原因の調査を進めています。
これらの調査を通じて、今後のホタルイカの資源管理や保全活動がより良い方向へ進むことが期待されます。